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宇宙型政治システム

■オバマ政権 LGBT=同性愛者などセクシュアル・マイノリティーをサポートする政策を発表
(Obama Outlines His Gay Agenda On WhiteHouse.gov:1月25日英語版配信分)

中井伸二2009/01/27

オバマ新政権は自らの掲げる政策の中にセクシュアル・マイノリティーをサ
ポートする政策を提示している。日本の現状とは雲泥の差を実感するがオバ
マ新政権がこれほど迅速で明確な姿勢を示すとは、正直、予想外だった。


オバマ大統領の就任後すぐに、アメリカ政府――ホワイトハウスのホームペー
ジ――新政権の「政策/公民権」の中に『LGBTコミュニティのためのサ
ポート』という1章が掲げられ、8つの項目が提示されている。

LGBTとは、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー
(Lesbian Gay Bisexual Transgender)の頭文字をつないだ言葉で、「同性
に性的な方向性が向かう」同性愛者、「同性と異性の双方に性的な方向性が
向かう」両性愛者、および性同一性障害者を含む「性自認が揺らいでいる人
たち」を総称している。セクシュアル(性的)マイノリティーとも呼ばれる。

つまりオバマ政権は発足直後から、公民権に関する重点政策として「同性愛
者などLGBT=セクシュアル・マイノリティーの人権擁護に力を注ぐこと」
を印象づけている。

『LGBTコミュニティのためのサポート』は、その冒頭で、オバマ大統領
自身のかつての発言を紹介している。まず、そこから翻訳してみよう。(以
下、< >内は筆者による翻訳。)

◇◆◇

<1969年のストーンウォール暴動(*)以来、長い道のりを経てきました。
しかし、私たちはいまだ、多くの仕事をしなくてはなりません。繰り返し何
度も、LGBTの人権問題は 私たちを分断しようと企てている人たちの食
い物にされてきました。しかし、その核心において、この問題はアメリカ人
としての私たち自身の問題です。LGBTの人権問題とは、『総ての市民が
威厳と尊敬とを以て平等に扱われるべき』との基本的な約束を、この国が守
るのかどうか、そのことについて問うものなのです。――07年6月1日>

(*)ストーンウォール暴動:1969年6月28日――ニューヨークにある
ゲイ・バー「ストーンウォール・イン」が警察の不当な捜索を受けた。当時、
日常茶飯事となっていた警察による嫌がらせに怯えていたゲイたちは、この
日、ついに忍耐の限界に達して初めての反撃におよび、それは一挙に暴動と
化した。この暴動が発端となって、アメリカにおける同性愛者迫害への抵抗
運動が始まった。

LGBT政策の第1項目は、「ヘイトクライム(憎悪犯罪)に対応する法令
の拡大」と、なっている。

<2004年、LGBTを標的とした犯罪は、報告されている憎悪犯罪の中
で3番目に多く、15%以上を構成している。オバマ大統領は、人種、肌の
色、宗教、出身国、性的指向、性自認、または肉体的障害ゆえに為された激
しい憎悪犯罪に対応すべく、連邦組織の管轄を拡大する立法を支援した。か
つて州議会議員として、オバマ大統領は、憎悪犯罪はもとより、憎悪に起因
する策謀を巡らせることを法律違反とする厳しい法律を立法した>

ここで使われている「憎悪」とは、同性愛者などLGBTに対する嫌悪から
導かれる憎悪(=ホモフォビア)を指している。オバマ新政権は、セクシュ
アル・マイノリティーに対し、単に「嫌いだ」「気持ちが悪い」といった理
由で攻撃を加えたり、嫌がらせをすることは、れっきとした犯罪行為である
と謳い、法整備の充実を政策として掲げている。

第2項目は、「職場での差別と戦う」と題されている。

<オバマ大統領は、雇用差別禁止法を支持し、この法律(の適用)が性的指
向や性自認(に根ざす差別)を含めるべく、拡大されるべきであると信じて
いる。従業員のドメスティック・パートナーへの福利厚生を拡充する雇用者
が増加するいっぽう、職場における性的指向に根ざした差別は、連邦法の制
裁なしに起こっている。大統領はまた、かつてイリノイ州議会で、性的指向
に根ざす雇用差別を禁止する立法を後押ししてきた>

ドメスティック・パートナーとは、同性カップルを含む「共同(同棲)生活
するカップル」に対し、結婚した男女カップルとほぼ同等の法的権利保障を
認める制度で、アメリカの多くの州で採用されている。ただし、カップルは、
その州内で実際に生活をともにしていなくてはならず、遠距離恋愛や単身赴
任のような生活実状は対象とされないなど、結婚によって得られる法的権利
と比べ、見劣りは否めない。

LGBT政策の第3項目は、「LGBTカップルをサポートする完全なシビ
ルユニオンと連邦権」についてである。シビルユニオンとは、ドメスティッ
ク・パートナー制度より一歩進化しており、「共同(同棲)生活するカップ
ル」に対し、より男女の結婚に近い法的権利を認めようという概念だ。

<オバマ大統領は、同性カップルに対し、結婚した(男女)カップルと等し
い法的権利や恩恵を付与する「完全なシビルユニオン」を支持する。 オバ
マ大統領はまた、結婚保護法を廃止し、現在、男女の結婚歴にのみ基づいて
提供される連邦法的権利と恩恵が、シビルユニオンや他の法的承認を受けた
同性カップルへも拡大されることを保障する法律を、制定する必要があると
信じている。これらの権利や恩恵は、最愛の人の緊急時を救う権利、平等な
健康保険を受ける権利、雇用上の恩恵、そして所有権を含んでいる>

同性カップルだろうと男女カップルだろうと、互いの最愛の人が病気や怪我
で医療処置を受けなくてはならないとき、あるいは死を迎えねばならないと
き、そこに配偶者として立ち会う権利は、平等に認められなければならない。
健康保険の扶養者として名を連ねたり、所得税の配偶者控除を受けたり、婚
姻財産権を得たりなど、やはり同性カップルも男女カップルも、全く同じ権
利が認められるべきである。

第4項目で、オバマ大統領は「同性結婚を禁じる憲法に反対する」と宣して
いる。

<結婚を男女のあいだだけのものと規定し、同性カップルやその他の未婚カッ
プルに対する、結婚に相当する権利の法的解釈延長を妨げようとした06年
の連邦結婚規定の修正条項に対して、オバマ大統領は反対票を投じた>

結婚の定義を男女カップルに限定しようとする保守派勢力のこだわりは強固
で、昨年11月のカリフォルニア州・州民投票の結果、同州で施行されてい
た同性結婚制度の廃止が可決されたときも、その原動力となった。保守派勢
力は、さらにアメリカ連邦憲法で、結婚の定義を男女カップルのみに規定し
ようと企てている。もし、憲法の結婚条項が修正されると、州を超え、アメ
リカ全土で同性婚が禁止されてしまうことになる。

第5項目でオバマ新政権は、アメリカ軍の内部で、兵士のセクシュアリティー
について「Don't Ask/Don't Tell――尋ねない告げない」ことを旨とすべ
きとされている方針を撤回すると表明している。

かつて、アメリカ軍人のトップとも言える統合参謀本部議長が、「同性愛は
モラルに反しているので、許容すべきでない」と発言し、批判されたことが
あった。結局、同議長は、「個人としての意見を述べただけで、軍の見解で
はない」と失言を認め、遺憾の意を表明した。だが、軍隊内部には、歴然と
した同性愛者差別が色濃い。

「Don't Ask/Don't Tell――尋ねない告げない」政策によって、軍隊内部
では、例えば上官が部下に「お前は同性愛者か?」と尋ねてはならないとさ
れ(Don't ask)、また、同性愛の兵士自身からも「自分は同性愛者だ」と明
かしてはならない(Don't tell)。もし、同性愛者だと明かせば、除隊を求め
られる。

つまり、同性愛者であることを隠しておけば軍隊で働けるが、いったん明か
してしまうと、軍隊にいられなくなってしまう。この「黙って居さえすれば……」
というところが、明白な差別に当たるという議論が、アメリカにはある。

第6項目は、「養子縁組の権利拡大」である。

<オバマ大統領は、性的指向に関わらず、総てのカップルや個人が、養子を
授かる権利を保障しなければならないことを信じている。大統領は、両親が
ゲイカップルであろうとなかろうと、子どもは健康と愛のある家庭で恩恵を
受けるだろうと考えている>

保守派勢力は、レズビアンカップルの片方あるいは双方が、人工授精で妊娠
・出産して子どもを育てることを、自然の摂理に反するとして受け入れない。
しかし、現実は、シングルマザーの増加とともに、アメリカでは当たり前の
ライフスタイルとなりつつある。チェイニー・前副大統領の娘、メアリー・
チェイニーさんは、レズビアンであることを公言し、06年、人工授精によっ
て妊娠。07年の5月、無事に男児を出産している。

いっぽう、赤ちゃんを宿せないゲイのカップルは、養子を得ることでしか子
どもを育てることができない。オバマ大統領は、ゲイカップルもまた養子を
得て、親として子どもを育てる権利を支持している。

オバマ新政権のLGBT政策、その第7項目は「エイズ予防の促進」である。

<政権の初年度、オバマ大統領は、連邦の全政府局を含む広範囲な国家的H
IV/AIDS予防戦略の実行を開始する。同戦略は、HIV感染を減らし、
ケアへのアクセスを高め、HIVに関連する健康の不均衡を低下させるよう
設計されている。大統領は、年齢相応の性教育とコンドーム使用についての
情報、教育とコンドーム使用を通じての刑務所内での感染防止、公衆衛生シ
ステムを通じてのコンドーム分配――などを含みつつアプローチする「常識」
を支持する。大統領はさらに、麻薬使用者のあいだの感染率を劇的に減らす
ことができる「注射器の針交換」の禁止を解くことを支持する。またオバマ
大統領は、これまで、HIV/AIDSを巡るホモフォビアと結び付いてい
る不名誉に、進んで対決してきている>

HIV感染率を減らしながら、感染が判明した人たち/発症した人たちのケ
アを怠りなく図ること。感染予防のために、コンドーム使用の励行などをしっ
かり教育すること。不衛生な注射器を使い廻すドラッグ・ユーザーに、衛生
的な注射器を支給して、HIVの蔓延を防止すること。そして、AIDSは
決してゲイ特有の病気ではなく、HIVは誰にでも感染する恐れがあること
を強調し、HIV/AIDS問題が繰り返しゲイ差別をもたらす事象につい
て、徹底的に反対すること。――これらは、待ったなしで、日本でも取り組
まなくてはならない喫緊の課題だが、麻生首相から、このオバマ・LGBT
政策と同レベルの談話を聞けるとは到底おもえない。

そして、第8項に示されているLGBT政策は「女性のHIV感染を防ぐ」
こととされている。

<アメリカでは、エイズと診断された女性の割合は過去20年間で4倍に増
加している。こんにち、新たなHIV/AIDS確認数の4分の1以上が女
性である。オバマ大統領は、エイズとの戦いにおいて、女性を助力する製薬
開発を加速させるべく、抗ウイルス剤開発法を提案した。抗ウイルス剤は、
HIVやその他の感染の、とりわけ女性への伝播を防ぐため、目下開発中で
ある>

◇◆◇

こうして、アメリカ政府――ホワイトハウスの広報に接してみるだけでも、
日本の現状との雲泥の差を実感する。とくに、オバマ新政権の政策において、
これほど迅速で明確なLGBT擁護の姿勢が示されるとは、正直、予想外だっ
た。

外国の話に過ぎないと言ってしまえばそれまでだが、オバマ大統領が、これ
からの4年間に亘る任期のどこで、どのようなLGBT人権擁護のための具
体的施策の実現――立法化に成功するか、あるいは失敗するか。この際、焦
る必要はないので、じっくり注視してゆきたい。
これからは差別がない宇宙型政治システムが地球上でも始まったのですね!
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タカさんからのメッセージはロハス精神なんです!



オバマ大統領が就任したと同時に、大幅な株価の下げ、そして円高・・・希望を持って、前向きに生きていくことは大切ですが、一方で現実に起こっていることをしっかりと把握していかなければなりません。

さて、景氣はこれからどうなるのか?

高い確率で、経済はさらに悪化していくことでしょう。

これはどうやら避けられそうにないようです。

一部の金融エリートたちのエゴによって膨らんだ膨大な負債が天文学的な金額となっている現在、遅かれ早かれ、それが公になったとき、世界の株式市場は大混乱になるからです。

詳しくは、朝倉慶さんの『大恐慌入門』(徳間書店)を読まれるとよいでしょう。

さて、それではこの避けられない経済不況、大恐慌の中、わたしたちはどうすればよいのか?

それは、わたしたちが人生における価値観を変えるしかないと思います。

大恐慌自体は、わたしたちの手でどうすることもできません。

わたしたちにできるのは、わたしたち自身のことしかありません。

そもそも今回の大恐慌は、一部のデリバティブ取引に妄信した金融エリートたちに問題があったわけですが、それに同調してエゴ丸出しで、派手な消費に走った、わたしたち消費者にも問題があったわけです。

現代では、人生の中で「お金」を最重要視する価値観が、誰もがもっていました。

お金を持っている人を成功者ともてはやしていました。

人生で重要な要素は「お金・仕事」「人間関係・家族」「肉体・精神の健康」「精神性・人格」の4つだと思います。

どれか1つでも欠けると、わたしたちは幸せにはなれません。

お金があっても、健康を壊しては幸せでないですし、仕事で成功しても、家族が崩壊したら幸せではありません。

本来ならば、こうした4つの要素がバランスをとるべきなのでしょうが、どうも現代人は「お金・仕事」に偏重しすぎたようです。

あまりに「お金・仕事」に行き過ぎたため、その反動が今回の大恐慌を引き起こしたのでしょう。

さて、ではこの大恐慌の時代、いかにして生きればよいのか?

その答えは、とてもシンプルです。

それは、わたしたちが「お金」に偏重しすぎた価値観を見直せばよいのです。

もっと家族との関係を見直したり、友人との信頼関係を築く。つまり、それは我を捨てて、より人のために生きようという、人間本来の生き方に立ち戻ること。

身体の健康に氣をつけて、食べる物を選ぶ。また、健康に良い食糧を作ること。地球環境を崩さないよう自然と共生する発展を心がける。そうすることで精神衛生上、良好にしていく。

人として、徳を積むこと。

もちろん、お金・仕事自体は悪くないですから、足るを知ることを忘れずに、お金を稼ぐこと。

これらを等しく大切なこととして、考えを改めるのです。

つまり、人間本来の生き方、天地自然の理に適った生き方です。

とてもシンプルなことですが、ただし容易ではないかもしれません。

並大抵のことでは、人は価値観や習慣を変えることはできません。

しかし、人は、大きなショックを受けると、意外と簡単に価値観を変えることができます。

明治維新もそうでしたし、戦後もそうでした。

そう考えると、今回の大恐慌は、わたしたちにとって価値感を大きく変える、大きなショックとなりえるのではないでしょうか?

ならば、この大恐慌は、単に悪いことばかりではないようです。

確かに経済的に苦しい時期を迎えることになるかもしれませんが、それこそ価値観を「お金」から「人間関係」や「健康」「人格」にシフトすれば、この大恐慌の中、平然として生きていくことだってできると思うのです。

ビジネスも同様。

売上や利益ばかりもとめるのではなく、お客様にハッピーになってもらうこと。これを単なる言葉(アピール)ではなく、真の意味で行動を伴ってお客様や社員、そして地域コミュニティーと接していけば、きっとその会社は、存続していけると思います。

ありがとうございます。

Taka

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タミフルとビジネス

かなり強力な薬なんですが、それでも効かないビールスが発見されたのです。 西洋医学は対処療法ですから予想出来た事態なのですがビールスは型を変えて進化しますから抗生物質では勝てないの

ですね。大事なのは免疫力を高める根本療法で白血球つまりリンパの働きを高める生活習慣しかないと思います。リンパ球は外部の新しいビールスには形を変えて攻撃して身体を病気から守るのです

ね! 病気は病院が処方する薬物依存の人達をターゲットにして進化しますから一番強いビールスは院内感染のビールスなんです!どんな抗生物質も効かないバイ菌が居るからです。 健康は考え方で

決まるのですね。因果応報があるのが医療だと考えています。実は企業も人間の身体に例えると同じ戦いが在るのです。以前カルロスがアメリカのゼネラルモーターズの再建に経営人と話し合いに行

ったのですが 日産自動車の様に成功しなかった経緯があるのです。彼は現場の従業員の意見を取り入れて働かないで高級な給料を取っている中間管理職を処分して日産自動車の再建に成功したの

ですがGMの場合は株主と労組の協力が得られなかったのです。 消費者はアメリカ人でも故障の多い燃費の悪いアメリカ車より日本の故障の少ない燃費の良い日本車を支持したのです。現地の日本の

自動車工場の従業員の給料はフォードやGMやクライスラーの工場で働く従業員より10%以上も給料が安いのです。 地球環境を考えたロハス精神からもアメリカ車は同国のアメリカ人にまで見放されて

経営危機に陥ったのですね。人間の身体で言うとアメリカの自動車産業は高額な報酬を取ってヨーロッパの高級車を乗り回すアメリカの役員より 毎週役員が昼食会で集まって自社の自動車に乗って新

車の乗り心地を話し合う日本の自動車業界の現場主義経営精神に負けたのですね。西洋医学は対処療法ですから根本療法の東洋医学には勝てないのです。身体も企業も原点に帰って健全な経営と

は何か?考える時代なのだと思います。今風の歌詞ではないですが「我が敵は我に有り♪」ではないですが全ての原因は他者ではなく自分の中の弱さから起こっているのです。身体の個人的な健康

も企業の健全な経営もやはり同じ自分たちの弱さとの闘いなのだと思います。酒タバコをやれば病気になる。消費者のマインドがわからなければ企業は潰れてしまうのですね!
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笹川良一会長の腕時計

img.jpg
笹川会長物語
たった一人でGHQに立ち向かった漢(おとこ)のサクセスストーリー

<一.私は、あなたの名誉のためにも死刑を望んでいます>

 「東条さん、貴方は万が一、助かって無期懲役になればよい、などとは思っていないでしょうね。それこそ生き恥です。どうせあなたは死刑を免れませんよ。私は、あなたの名誉のためにも死刑を望んでいます。歴史は貴方の刑死を必ずや見直すことでしょう。ついては遺言を残して下さい。その内容はね・・・」

 東京裁判の被告となった東条英機に対して、こんな事をはっきり言った男がいた。笹川良一である。

 戦争犯罪人として捕えられた高官達が、自分だけ助かりたい一心で、占領軍に迎合して、国家に罪をなすりつけたり、果ては天皇に累を及ぼしたりしては、日本の再建に重大な支障となる、と笹川は憂慮していた。

 彼は戦前、冤罪で起訴され、3年間獄中にあって、裁判を闘い抜き、ついに無罪を勝ち取った体験を持っていた。その体験をベースに、高官達に道を誤らないよう指導しようと決心し、わざわざ占領軍と一悶着を起こして、巣鴨プリズンに入り込んだのである。

 このような突飛な、しかし勇気ある行動を起こした笹川良一とは、一体どのような人物なのだろうか?

<二.笹川の翼賛選挙批判>

 笹川は、昭和17年、戦時下の衆議院議員選挙で、非推薦候補として当選した。非推薦候補とは、東条英機内閣が組織した翼賛政治体制協議会から推薦されない独自候補で、警察や憲兵から激しい選挙干渉を受けた。それでも定員466名中85名の非推薦候補が当選したことは、当時の日本の議会政治が相当に根強いものであった事実を示している。

 笹川は、昭和18年2月の衆議院予算委員会で、この推薦制を廃止すべきだと、東条首相に直言した。

 「私はこれでなかなか、こわもての方であります。こわもての私ですら、さようなひどい目にあったのだから、ほかの弱い候補者諸君は、どれほどやられておるか分からぬ(笑い声)・・・

 今、国民は結集して東条内閣を支持しておる。・・・しかるに何を苦しんで推薦、非推薦の別を設けて、陛下の赤子を敵、味方にしたのですか。」

 笹川と東条とは、対立者として相まみえたのであった。


<三.東京裁判への危機感>

 笹川は、敗戦後の昭和20年10月5日、衆議院議員全員の辞職を同僚議員に呼びかけた。新日本の建設には、軍部の消滅だけでなく、重臣、財閥、官僚の指導者の総退却が、絶対必要だと考えたのである。しかし、笹川のこの呼びかけに応じたのは、衆議院議員わずか18名に過ぎなかった。

 この直前の9月11日、東条英機元首相以下、39名を皮切りに、戦争犯罪容疑者の逮捕が始まった。笹川は、これから始まろうとする東京裁判に対して、深刻な危機感を抱いた。

 第一に、あまりにも無法な裁判は、日本国内の反米感情を強め、日本をソ連陣営に追い込んでしまう恐れがある。笹川は、将来の日本は、親米路線を歩むべきと信じ、そのためにも、この裁判が公正なものでなければならない、と考えた。

 第二に、敗戦の混乱の中で、共産党員の動きが活発化していた。GHQ(占領軍総司令部)の命令で約3千人の共産党員が釈放されると、司令部の建物の前で「万歳」を叫び、さらに人民大会を開いて、「天皇制の廃止」「天皇を戦犯として逮捕せよ」などと気勢をあげた。天皇が裁判にかけられたら、国内は動揺し、共産革命への道を開くことになるかもしれない。

 しかし捕らわれた東条以下の高官たちは、恵まれたエリートコースを歩いてきた人々で、牢獄につながれ、裁判を受けた事などない。助かりたい一心で、占領軍におもねって何を言い出すか分からない。そこで笹川は自ら被告の一員になって彼らに近づき、指導しようと決心した。

<四.遠慮なく逮捕してくださって結構です>

 しかし、笹川は戦時中に衆議院議員を務めた程度で、巣鴨プリズンに入る「資格」はない。ないなら、作り出せばよい。こうして笹川の占領軍挑発が始まった。

 笹川は地盤である大阪でさかんに演説会を開き、米国やソ連の批判を公然と続けた。米国の原爆投下、ソ連の中立条約違反と満州侵略などの戦争犯罪を列挙し、

「自分たちが国際法を犯して戦争犯罪を重ねながら、日本の戦争責任を裁こうとする権利はないはずだ!」

 演説会は次第に多くの聴衆を集め、そのうち、米国やソ連の軍人が、会場にも見られるようになった。

 「会場には、アメリカやソ連の占領軍が聞きに来ており、私の話していることを通訳し、速記にとっております。私は逃げも隠れもしません。どうぞ私を戦犯にして、遠慮なく逮捕してくださって結構です。」

 12月2日GHQは第3次の戦犯容疑者59名を発表したが、その中に笹川の名があった。笹川は生きては帰れまいと、父の墓の隣に自分の墓を建てた。母テルは赤飯を炊き、「思う存分、日本の国のためにお役に立てなぁ、あかん」と送り出してくれた。

<五.軍艦マーチに送られての巣鴨入り>

 笹川の入獄は、芝居気たっぷりのものであった。銀座の事務所前に、トラック数台を並べ、「笹川大国士歓送」と大書した幟を立てた。笹川は羽織袴の正装で、見送りの群集にマイクで惜別の挨拶をした。そしてトラックに分乗した音楽隊が演奏する軍艦マーチとともに、群集の万歳や拍手に送られて、巣鴨に向かった。

 笹川の鳴り物入りの入獄は、米軍の神経を逆なでにした。翌日、笹川は米人検事数名の前に呼び出された。

 検事の一人は、いきなり笹川を平手打ちし、「お前は敗戦国民であることを知っているのか!」と怒鳴った。そしてなぜ占領軍を馬鹿にしたような言動をとったのか、と問い詰めた。

 笹川は、「占領軍を馬鹿にしたのではなく、占領軍全体の名誉を守るためにソ連の不正と戦わねばならぬと信じて入所したのだ」と答えた。「なぜ我々がソ連と戦わねばならないのか」と反問する検事に、笹川はとうとうと述べ立てた。

 「私はアメリカに対して、軽侮の念を抱くものではない。よく戦った敵として尊敬をしているが、ソ連に対しては激しい怒りを抱いている。ソ連は日本と不可侵条約(日ソ中立条約)を締結していながら、それを破って満州を侵略した。・・・

 この卑怯極まるソ連が、日本の戦犯を裁くならば、侵略戦争の不正を認めることになり、正義は滅び、占領軍の立場は冒涜されることになるのである・・・

 したがって戦争の勝敗と正義の擁護は別のものである。ソ連は中国大陸にいた日本人を多数捕虜にして本国に行ったし、強制労働に従事させている。こうしたソ連の不正と戦うためには、戦犯として法廷に立つ以外に方法がないために、わたしは生命を賭してここに乗り込んできたのだ。私は生命は欲しいとは思っていないのだ。」

 その証拠はあるのか、と居丈高に問う検事に、郷里に造ったばかりの自分の墓を見よ、と笹川は答えた。この言葉に、検事たちの表情は急に穏やかになり、言葉も丁寧になった。笹川に葉巻を差し出し、火までつけた。相手を真の勇者だと認めれば、素直に敬意をあらわすのが、大方のアメリカ人の美点である。

<六.獄中の闘い>

 笹川の主張は、獄中にあっても、いささかもひるむ所はなかった。今度は、マッカーサー占領軍総司令官とトルーマン大統領に、抗議の書簡を差し出した。

 「貴国は勝者なるが故に、一人も戦争責任を負わず敗者を逮捕・拘禁しているが、その権限はいかなる神から与えられているのか。貴下こそ戦犯ナンバーワンである。その理由は、日本各地の都市を空襲して二百数十万人を爆死させたばかりか、多数の神社・仏閣、病院、民家などを爆破して、甚大なる損害を与えた。

 また呉軍港を除外して、軍事施設の少ない広島に原子爆弾を投下し、一気に十数万の市民を殺傷した。さらに長崎にも原子爆弾を投下して数万人を殺戮している。この戦争法規違反については、勝敗の別なく責任を負うべきである。

 しかるに貴下は、勝者なるがゆえに正義の代弁者のごとく振る舞っている。この東京裁判は、侵略戦争を根絶するのが目的であると強調しておられるか、貴下自身も少し謙虚な気持ちなって戴きたい。

 世界に真の恒久平和を確立し、人類を永遠に戦争の悲劇から解放せんとするならば、世界の軍備を全廃し、さらに移民と貿易の自由を許す以外の方法はない。もし、この案を取り上げて実行してくれるならば、そのご恩に感謝し、この一身を世界平和確立記念祝典の供え物として提供しましょう。」

 この手紙を送った翌日、笹川は担当の米軍中尉から呼び出され、激しい暴行を受けた。体中がアザだらけになり、ついには発熱して、飯も食えない状況になった。さらに、極寒の中で、掃除などの懲罰の使役をさせられた。

 しかし、笹川は懲りずに、今度はソ連のスターリン首相に手紙を送った。「日ソ不可侵条約」を破って満州を侵略し、南樺太と千島列島の略奪をしたソ連を批判し、これらは日本固有の領土であるから、「速やかに返還せよ」と迫った。

 笹川は臆することなく、自分が正義だと信ずる所を主張した。正義と勝敗は関係ない。勝者が不正を働いては、いつまでたっても、真の世界平和は実現しない、というのが、笹川の信念であった。


<七.もし天皇が戦犯者として裁かれたならば>

 東京裁判に判事や検事を送った国のうち、ソ連、中国、オーストラリア、フィリピンは天皇訴追の意向を固めていた。しかし、実際に天皇が裁かれるようなことがあれば、どうなっていたか。マッカーサーの側近、ボーナー・フェラース准将は次のような意見書を提出していた。

 「わが軍の無血進駐(占領)を完成するに際して、わが米軍は天皇の助力を要求した。彼の命令によって七百万の日本の兵士は軍旗を横たえ、速やかに武装解除した。天皇の命令によって七百万の米兵の負傷を除かれ、戦争は予定前に終結した。

 天皇を利用しながら、彼を戦犯として戦争裁判にかけるがごときことがあれば、日本国民に対する背信行為である。さらに天皇を含めた日本国民は、国体の保存を明言したるポツダム宣言を含む無条件降伏を受諾した。

 もし天皇が戦犯者として裁かれたならば、日本政府の組織は瓦解し、かつ一般暴動は当然に蜂起するであろう、これによって日本国民が暴動を起こすことは明らかである。仮に武装せずとも流血の惨事は必然なり。多数の占領軍と数千の官僚を要すべく、その結果、日本国民の感情は悪化するだろう。」

 日本政府が瓦解し、米軍が直接軍政をしいて、各地で日本国民との衝突があれば、対米感情は決定的に悪化し、活発化していた日本共産党の動きとあいまって、日本人を親ソ路線に追いやるかもしれない。これが笹川のもっとも心配した点であった。

 マッカーサー自身も天皇との会談で、「私は日本の戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも責任をとります。」という御発言に感銘を受けたこともあって、なんとか天皇訴追を避けたいと考えていた。

 しかし、裁判の過程で、日本政府の高官達が助かりたい一心で、天皇に責任を押しつけるような発言があっては、マッカーサーと言えども、米国国内と連合国の天皇訴追の要求を押さえることはできない。

 開戦直前まで首相だった近衛文麿公爵は、戦犯容疑者に指定されるや、服毒自殺を遂げて、天皇と国民を守る責務を投げ出してしまった。東条英機もピストル自殺を図ったが、幸い一命をとりとめた。フェラースの予言したような最悪の事態を避けるには、東条しかいない。笹川が東条に接近したのはこういう意図からであった。

<八.真実と信ずる所を主張せよ>

 日本の安定と、将来の日米和平のためには、東京裁判で主張すべきは主張して、仮にも天皇に累が及ばないようにしなければならない。それは一に開戦時の首相であった東条英機にかかっている。

 こう考えて、首尾良く巣鴨プリズンに入り込んだ笹川良一は、運動の時間のたびに東条に近づき、この事を説いた。東条が死刑になるのは避けられない。死を覚悟して日本の立場を主張するのが、貴方の名誉であると。そして裁判での主張のしかたを、自らの3年間の獄中での法廷闘争体験から教授した。

 そのポイントは、少しでも刑を軽くしてもらおうと、検事に迎合したウソの供述をしては絶対にいけない、ということであった。裁判が長びこうが、検事の心証を悪くしようが、とにかく自分の真実と信ずる所を語る。裁判とは裁判官や検事と協力して真実を明らかにするプロセスだ、と心得よというのである。

 笹川の度重なるアドバイスに、東条は覚悟を決め、「笹川さん、私はいずれ君の期待に添えると思いますよ」と語った。

<九.東条英機の主張>

 東京裁判の山場、東条の個人弁護の立証は、昭和22年12月26日から、年明けにかけて、8日間にわたって行われた。自分以外の証人は一人も出廷させず、220ページにもわたる口述書を準備して法廷に臨んだ。その英文版の朗読だけで、まる二日を要した。

 「我国にとり無効かつ惨害をもたらした昭和16年12月8日に発生した戦争は、米国を欧州戦争に導入するための連合国側の挑発に原因し、我が国としては、自衛戦として回避できなかった戦争であると確信する。・・・

 戦争が国際法上より見て正しい戦争であったか否かの問題と、敗戦の責任如何という問題とは、明らかに分別できる二つの異った問題である。

 第一の問題は外国との問題であり、かつ法律的性質を持つ問題である。私は最後まで、この戦争は自衛戦であり、現在承認されている国際法に違反しない戦争であると主張する。・・・

 第二の敗戦の責任については、当時の総理大臣であった私の責任であり、この意味の責任は受諾するだけでなく、衷心より進んでこれを負うことを希望する。」

 この後、キーナン検事による4日間にわたる反対尋問が行われた。キーナンは冒頭で「この口述書の目的は、日本国民にかつての軍国主義をなお宣伝しようとするためのものか」と挑発した。ブルーエット弁護人は直ちに「妥当な質問ではない」と異議を申し立て、裁判長もこれを認めた。東条の堂々たる主張に、キーナンはいきなり出鼻をくじかれた形となった。

 さらに東条は、国政に関することは、内閣及び統帥部の責任で為した最後の決定につき、昭和天皇が拒否権をされることは、憲法上も、慣行上もなかったことを述べ、次のように断言した。

 「故に、1941(昭和16)年12月1日開戦決定の責任も、また内閣閣員及び統帥部の者の責任であって、絶対的に陛下のご責任ではない。」

<十.山は富士山>

 東条は、陳述の終わった直後に、笹川と法廷の控え室で対面した。そして実に晴れ晴れとした顔で笹川に近寄り、その手を両手で固く握りしめた。

 「笹川君、幸い天皇陛下にご迷惑をおかけしないですんだし、証言台では、僕は思う存分に言うべきことを言ったつもりだ。ただ遺憾なのは、遠く歴史をさかのぼり、深く歴史を掘り下げて語ることを許されなかったが、これは僕の責任ではない。

 とにかく僕は、笹川さんが公判廷の経験を、微に入り、細に渡って聞かせてくれたことがうれしい。貴方が最後まで僕を激励してくれたことが、どれほど参考になり、教訓になったことか、僕は衷心から感謝します。まったく貴方の毅然たる態度は、敬服のほかはありません。」

 東条は笹川に深々と頭を垂れた。
 
 翌々日は、昭和23年元日であった。午後の運動時間に二人は運動場でまた顔を合わせた。東条は笹川にお礼として、次の一句を送った。

悠久の姿尊し初の富士

 笹川はこの句の意味が分からず、「私は富士山などとは関係ないんですよ」と言った。東条は答えた。

 「何を言うのかね。日本で一番のものは天皇、山は富士山ではないですか。富士山というのは、笹川さん、あなたのことですよ。」

<十一.天皇不起訴の確定>

 1月8日の夜、マッカーサーは、ウェッブ裁判長、キーナン検事をGHQに招き、東条の証言内容を検討した。東条の開戦責任が明確化されたことで、天皇の不起訴が確定した。

 この年の11月12日、東条をはじめとする7人のA級被告が、死刑の判決を受けた。判決理由書はついに公表されることがなかった。

 12月1日、家族との面会日に、東条は妻にこう言い残した。

 「まず裁判の結果、天皇に大きなご迷惑をおかけせずにすんだことを、感謝していると(国民に)伝えてくれ。また、私は、大和民族の血を信じているから、日本の前途には明るい見通しをもって死んでいくと伝えてくれ。」

 東条ら7人の処刑は、皇太子殿下(今上陛下)ご生誕の12月23日に行われた。

<十二.巣鴨人生大学>

 笹川は、他の容疑者たちの面倒もよく見た。沈み込んでいる容疑者たちに対して、「いつ出られるか」などとくよくよせずに、刑務所生活を大いに楽しむべきだと教えた。

 たとえば、高橋三吉海軍大将は、好きな絵を描く気にもならず、「自分はこんな所に来る訳はない」「共産党の投書で入ったのだろう」などと、うつうつとしていた。そこへ笹川が声をかけた。

 「高橋さんも来ましたね。貴君は近い内に出るでしょう。私は3年居ることに定めました。」

 驚いて、理由を聞くと、

 「私は前に大阪刑務所に三年いました。出所後京都の禅寺、天竜寺の関精拙和尚と一日飲みながら、天竜寺の修行生活と刑務所の生活とを互いに話し合いながら、私の結論は、大阪刑務所の一年は、天竜寺の十年の修養に当たると思いました。今度は、縁あって巣鴨に来たので、私はもう三年是非居たいのです。刑務所は私は人生大学と呼んでいます。」

「この笹川君の述懐は私には頂門の一針(=急所を押さえた戒め)であった。笹川流にどっかり腰を据えるに限ると決心し、爾後大いに所内が明るいように感じた。私は笹川君を巣鴨の恩人と考えている。」

 笹川はBC級戦犯容疑者(捕虜虐待などの通常戦争犯罪容疑者)に対して特に親切で、彼らから深く慕われていた。笹川が巣鴨で記した「獄中忘備録」には、短歌や漢詩にまじって猥談の筋書きまであった。自分で筋を考え、身振り手振りを交えて話してやるのである。笹川の周囲には、常に笑いが絶えなかった。


<十三.お灸は「火あぶりの刑」?>

 また若いBC級戦犯容疑者たちには、こう励ました。「君等、有罪となれば予は獄中よりいかなる方法でも講じてやる。君等を一刻も早く青天白日の身として帰省せしめる、一家楽しく生産増強のため、働くことを祈る。予が出所しても生産増強には直接ならぬから急がぬ。」

 約5千名のBC級容疑者の中には、占領軍の誤解で拘束されているものも少なくなかった。たとえば、戦時中、日本軍は食料に困窮したため、捕虜も栄養失調で脚気にかかるものが大勢いた。

 薬もないために、日本軍兵士が、灸をすえて治療してやったのだが、これを「火あぶりの刑で虐待した」と誤解され、訴えられたのである。そういう容疑者が数十人いた。

 この事を耳にした笹川は、巣鴨プリズン所長のハーディ大佐に面会を求め、「捕虜の病気を治すために、灸をして罪になるというのならば、病気を治す医者は罪人になるのか、あなたの国では医者は罪人ですか?」と論理的な抗議をし、さらに自ら灸の効用を証明してやろうとした。

 早速、灸をとりよせ、野菜不足のために、手に炎症ができていたのを治して見せようと、背中に大きな藻草を燃やした。周囲のB級容疑者たちは、「そんな大きな藻草を使うと、血管が破れて命がありませんよ」と心配したが、「私一人の命で、何十人、何百人も救えるのだから結構なことだ。自分の墓まで作ってあるのだから心配するな」と大見得を切った。

 一ヶ月もすると手の炎症は治ってしまった。これを米軍の軍医に見せると、自分が与えた薬では治らなかった炎症が、灸できれいに消えてしまったので、驚いて「早速、検事に説明してください。私が証人になります」と言った。

 これには検事も同様に驚かされて、「火あぶりによる捕虜虐待」容疑で捕らえられていた数十名を即座に釈放した。論理的、実証的に真実を明らかにしようという笹川のアプローチは、良心的なアメリカ人にはよく通じたのである。

<十四.受刑者からの数千通の礼状>

 東条ら7人の処刑の翌日、昭和23年12月24日、笹川を含む数人のA級未決組が釈放された。当初の予定通り、3年余りの拘留であった。しかし、BC級はまだ大勢、獄につながれている。

 この日から、笹川はBC級の慰問、減刑・釈放請求、家族の支援に打ち込む。77歳の老母、夫人、兄弟、子分まで総動員で、運動を展開した。まだ、そのような運動をする者は反米運動家と睨まれ、再び巣鴨に送られる恐れさえあった頃だが、それに怯むような笹川ではなかった。

 笹川は、新聞、ラジオ、蓄音機、レコードなどを大量に差し入れ、慰めと励ましの手紙をしきりに送り、巣鴨プリズンを自ら訪問し、夫人は詩吟や琵琶の演奏を披露した。受刑者の留守家族には、巣鴨への旅費だけでなく、生活費まで援助した。支援は巣鴨よりもさらに劣悪な条件にあったフィリピンのモンテンルパ収容所にも及んだ。笹川への受刑者からの礼状が、数千通も残っている。

 今回特に詩吟や琵琶、私、常々聞き度いなと望んでいた慰問演芸であったので、其の熱誠溢れた出演を、今度という今度は、心ゆく計満喫いたしました。一同の悦びも大変でした。(落合甚九郎)

 令夫人ノ朗吟サレタ和歌一首、聞イテ居ル中ニ、止メ度モナク流ル涙ヲ、如何トモスル事ガデキマセンデシタ。(星野直樹)

 彼等(嘗ての指導階級であったA、B級で出所した人々)の殆ど全部が、唯自己の保身のみに終始し、嘗ての節を屈している時、殊更に、先生への尊敬が、私をしてぐっと身近なものに覚えさせます。(林義則)

<十五.皆が出所するまでは、私の葬式は出してはなりません>

 昭和27(1952)年、サンフランシスコ講和条約が成立し、日本は独立を回復した。しかし、その条文には東京裁判の判決を受け入れ、連合国の同意なしに減刑や赦免はできない、という一項があった。

 笹川は、国会議員、全国の知事、市町村長に赦免の訴えを行った。これによって、戦犯釈放運動は盛り上がり、昭和30年までの約3年間で、衆議院で6回、参議院で3回、戦犯釈放に関連した決議が採択された。

 昭和33年1月18日、笹川の母テルが82歳で亡くなった。笹川とともに、戦犯支援に打ち込んできたテルは、「巣鴨から皆が出所するまでは、私の葬式は出してはなりません。」と遺言を残して逝った。

 笹川は、巣鴨で同僚だった岸信介首相などへの協力を求めて奔走し、ついにこの年の5月31日に最後の18人が出所した。6月17日にようやく母の葬儀を執り行った。A級戦犯として処刑された東条英機大将や木村兵太郎大将の未亡人らが、手伝いに参じた。

 巣鴨を出てから、10年近くに及ぶ戦犯支援・救出活動の間、笹川は、好きな酒、煙草を断っていた。最後に出所した18人を自宅に招いて、笹川はようやくビールをいかにもうまそうに飲み干したという。

(完)


笹川良一会長の、佐川急便からの記念の特注品の腕時計を、個人的に所有していましたので、調べているうちに感動する記事がありましたので

掲載させていただきました。戦後の東洋医学に対する偏見や誤解を解いたのがこの記事でも解かったのですね!
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宗教の限界!

■国連車両をイスラエル軍が攻撃、ガザ援助活動停止
(Israeli troops kill U.N. truck driver at Gaza crossing)

【1月9日 AFP】パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)で8日、援助物資
を輸送中の国連パレスチナ難民救済事業機関(UN Relief and Works Agency、
UNRWA)のトラックがイスラエル軍の戦車から2発の砲撃を受け、運転手1人
が死亡、2人が負傷した。

トラックは国連旗をかかげており、援助物資を受け取るためイスラエルとの
境界に向かっている途中だったという。UNRWAはガザ地区内150万人の半数に
食料を配給している。

事態を受けてUNRWAは、ガザ地区での活動を「イスラエル当局が職員の安全
を保障できるまで停止する」と発表。潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)
国連事務総長は報道官を通じ、「イスラエル国防軍による国連の車列への攻
撃を非難する」と述べ、イスラエルに全面的な調査を要請した。

潘事務総長は6日にも、国連機関が運営する学校をイスラエル軍が攻撃した
問題で調査を要請しており、短期間で2度目の要請となった。事務総長は次
週にもガザ地区を訪問する。

▼市民、援助関係者への被害拡大

国連によると、ガザ市(Gaza City)でも同日、イスラエルが宣言した人道
支援のための3時間の攻撃停止の間に、国連の装甲車両2台に護衛された救急
車が、地元国連職員の遺体の回収にあたっていた際に、銃火器による攻撃を
受けたという。

イスラエル側は、民間人への被害を極力抑えていると主張しているが、援助
機関は、職員や医療関係者が大きな危険にさらされており、ガザ市民には逃
げ場がないと訴えている。

赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross、ICRC)は
8日、イスラエルが負傷した子どもの救出活動を妨害したと非難。また、国
連児童基金(UNICEF)は、「軍事作戦の結果、子どもたちが連日死亡または
負傷している事態は容認できない」と述べて、深い懸念を表明した。

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健康と宇宙の関係

健康と宇宙が関係ある理由はDNAが傷ついていると人間は脳の働きが低下して進化しないつまり幸せになれないからなんで

す。そこに宗教世界のスピリチアリも関係してきます。どうしてか?宗教には自分の信じている本尊や神様に絶対の正義や教

えを感じているのはいいのですが他の宗教を理解研究する気概をほとんど持たせずに他宗派や他教の批判ばかり前面に出てき

て戦争にまで発展していることに反省が無いからなのです。平和を求めている日本でさえアメリカの下でやはり戦争の協力を

させられています。もちろんほとんどの日本人は気がついていません。自分たちの政治活動や税金がどのように使われている

か たまには考えても罰はあたりませんよ。持論なんですが健康もビジネスも宗教もDNAが傷ついていたら進化していきませ

ん。人の幸福や不幸は脳の働きで決まると考えますから同じ失敗さえしなければ人類は理想的な宇宙の仲間入りできる星にな

れると考えます。つまり脳が人類の未来を作る最終的な臓器なんです。そのための道具が健康やお金や宗教だと考えていま

す。決してそれらが目的ではあってはいけないのではないでしょうか?最終的に戦争の無い愛に満ちた天国のような極楽のよ

うな惑星を作るのが目的なのですから!具体的には生活習慣を気をつけることなのです。酒、タバコ、薬、ある意味で人類の

見えざる真の敵なのだと思いますよ。 宗教活動をしながら酒やタバコが止め

られないのは人を助ける以前の問題なのですね!
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SGI健康塾・片山

Author:SGI健康塾・片山



【堀江貴文公式教材】ホリエモン・パソコン教室!397時間動画パソコン教室DVD4枚組iPod受講可ホームページ作成、オフィス(ワード、エクセル、パワーポイント、アクセス)2003/2007,Photoshop,Illustrator等



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